円偏光発光材料の開発:面性不斉シクロファンが拓く材料化学

 

 [2.2]パラシクロファンは二枚のベンゼン環が面と面で向かい合った構造を有している化合物です。この化合物に置換基を導入すると「面性不斉」という不斉中心を持たないキラリティを発現します。我々は最近、置換基を二つ有する[2.2]パラシクロファン [1a-c] と、置換基を四つ有する[2.2]パラシクロファン [1d-f] の新規光学分割法の開発に成功し、以下の6種類の光学活性[2.2]パラシクロファン異性体を得ました。

 

 

 

 我々は他に先駆けて、これら光学分割したキラルな面性不斉[2.2]パラシクロファンを用い、官能基変換後、様々なπ共役系分子・巨大分子・高分子・超分子を合成して特性を明らかにしてきました。その中で、面性不斉分子がキラルな発光である「円偏光」を発することを世界で初めて報告しました [2,3]。高輝度(大きなモル吸光係数かつ良好な蛍光発光量子効率)かつ高異方性(右巻または左巻に大きく偏った性質)で円偏光発光する優れた円偏光発光性分子です。

 有機円偏光発光性分子は、三次元ディスプレイ開発に必要不可欠な素子・液晶材料・紙幣やIDカードの偽造防止色素・量子暗号通信の光源といった次世代材料に欠かせません。以下に面性不斉[2.2]パラシクロファン骨格を有する有機円偏光発光性分子の代表例を示します。

 

[1] (a) Pseudo-ortho-二置換[2.2]パラシクロファン:Chem. Lett. 2012, 41(9), 990-992.

     (b) Pseudo-meta-二置換[2.2]パラシクロファン:Chem. Commun. 2021, 57(73), 9256-9259.

     (c) Pseudo-para-二置換[2.2]パラシクロファン:J. Mater. Chem. C 2023, 11(3), 986-993. 

     (d) Bis-(para)-pseudo-ortho-四置換[2.2]パラシクロファン:Chem. Asian J. 2019, 14(10), 1681-1685. 

     (e) Bis-(para)-pseudo-meta-四置換[2.2]パラシクロファン:Chirality 2018, 30(10), 1109-1114. 

     (f) Bis-(para)-pseudo-ortho,meta-四置換[2.2]パラシクロファン:J. Am. Chem. Soc. 2014, 136(9), 3350-3353. 

[2] Polym. Chem. 2012, 3(10), 2727-2730. 

[3] 最近報告した総合論文: (a) 有機合成化学協会誌 2018, 76(10), 1055-1065. 

     (b) Bull. Chem. Soc. Jpn. 2019, 92(2), 265-274. 

     (c) In Circularly Polarized Luminescence of Isolated Small Organic Molecules, Springer, Singapore; 2020, Chapter 3, pp 31-52. 

     (d) In Progress in the Science of Functional Dyes, Springer, Singapore; 2021, Chapter 10, pp 343-374. 

 

 

1.面性不斉二置換[2.2]パラシクロファンからなる円偏光発光性分子

 面性不斉二置換[2.2]パラシクロファンをビルディングブロックとして用い、V字・N字・M字構造を有するオリゴマー [4]、トライアングル型の環状化合物 [4]、ジグザグ高分子などを合成しています [2,5]。

 

 

 いずれの分子も高輝度で円偏光発光します。励起状態においては(円偏光発光する時は)、ジグザグ構造ではなく片巻のらせん構造になることが分かりました。

 

[4] Chem. Eur. J. 2014, 20(27), 8386-8390. 

[5] (a) Polym. J. 2015, 47(3), 278-281. 

     (b) Polym. J. 2023, 55, 537-545. 

 

 

2.面性不斉四置換[2.2]パラシクロファンからなる円偏光発光性分子

 四置換[2.2]パラシクロファンの光学分割に世界で初めて成功しました。これらをビルディングブロックとして用いることで、ユニークな光学活性二次構造を有する巨大分子を合成しました。すなわち、X字構造を有する分子 [6] やデンドリマー(樹状高分子) [7]、片巻二重らせん構造を有する巨大分子 [8]、環状オリゴマー [9]、#-構造の環状四量体 [10]、†や‡構造を有する巨大分子 [11]、etc…を合成しました。これらは高輝度で円偏光を発します。特にデンドリマーは光捕集効果と発光種の立体保護効果により、高輝度で円偏光発光するフィルムになります。

 

 

[6] (a) Eur. J. Org. Chem. 2015, (35), 7756-7762.

     (b) Chem. Eur. J. 2017, 23(26), 6323-6329. 

     (c) Macromolecules 2017, 50(5), 1790-1802. 

     (d) Chem. Commun. 2017, 53(59), 8304-8307. 

[7] Chem. Eur. J. 2016, 22(7), 2291-2298. 

[8] Chem. Asian J. 2016, 11(18), 2524-2527. 

[9] Chem. Asian J. 2022, 17(2), e202101267. 

[10] Chem. Eur. J. 2023, 29(18), e202203533. 

[11] Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93(10), 1193-1199. 

 

 

3.片巻に大きく偏った円偏光を発する環状分子

 8の字構造を有する環状分子や片巻らせん構造を有する環状分子を合成しました [1e,12,13]。円偏光発光特性は「円偏光発光異方性因子 |glum| 値」と「CPL brightness BCPL 値」で評価されます。一般的に、|glum| 値が 0.01 より大きいと高異方性、BCPL 値が 100 M–1cm–1 より大きいと高輝度かつ高異方性と言えます。下記の分子は高輝度と高異方性を兼ね備えた優れた円偏光発光性分子です。

 単一の共役系で環状構造やらせん構造を構築することにより、桁違いの物性値で円偏光発光することを理論的にも明らかにしました。

 

 

[12] (a) J. Mater. Chem. C 2015, 3(3), 521-529. 

     (b) Asian J. Org. Chem. 2016, 5(3), 353-359. 

[13] (a) Bull. Chem. Soc. Jpn. 2022, 95(1), 110-115. 

     (b) Adv. Funct. Mater. 2024, in press. DOI: 10.1002/adfm.202310566

 

 

4.面性不斉による軸性不斉やらせん性不斉の制御

 面性不斉[2.2]パラシクロファン骨格によって、軸性不斉 [14]、らせん性不斉 [1b,1c,13,14b,15]、ねじれ不斉 [15]を制御することができました。

 軸性不斉を制御したp-ターフェニル積層分子からは低温にて二種類の円偏光発光が観られました [14a]。o-キンクエフェニル積層分子は軸制不斉が制御され、片巻らせん構造を構築し、高異方性円偏光発光を放ちます [14b]。平面構造のフェナントレンを[2.2]パラシクロファン骨格を活用して積層させると、フェナントレンが[3]ヘリセンになり円偏光を発しました [1b]。オリゴ(o-フェニレンエチニレン)を[2.2]パラシクロファン骨格を用いてヘリカルな構造にしばると、片巻に大きく偏った円偏光を発しました [13]。平面構造のアントラセンは、ねじればねじるほど片巻に偏った円偏光を発することが分かりました [15]。

 

 

[14] (a) Chem. Eur. J. 2020, 26(65), 14871-14877. 

     (b) Chem. Commun. 2024, 60(11), 1468-1471 .

[15] Chem. Asian J. 2022, 17(15), e202200418. 

 

 

5.π電子系積層分子の系統的合成:配向性と円偏光発光特性の相関

 二つのπ電子系骨格を積層させると配向性に依存してキラリティが発現します。本研究では積層位置(中央〜末端)、積層角度(60度 or 120度)、電子供与性基の位置と数によって円偏光発光の巻方向(右巻き or 左巻き)や右と左の偏り度合いがどのようになるか系統的に調査しました [16]。

 「π共役系分子をどのように重ねればどのような円偏光を発するか」を実験的かつ理論的に明らかにしました。

 

 

 

[16] (a) Mater. Chem. Front. 2018, 2(4), 791-795. 

     (b) Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94(2), 451-453. 

     (c) Eur. J. Org. Chem. 2021, 5725-5731. 

     (d) ChemistrySelect 2021, 6(45), 12970-12974. 

     (e) Bull. Chem. Soc. Jpn. 2022, 95(4), 595-601. 

     (f) Bull. Chem. Soc. Jpn. 2022, 95(9), 1353-1359. 

     (g) Tetrahedron 2023, 138, 133406. 

     (h) ChemistrySelect 2023, 8(26), e202301844. 


 

Copyright © School of Science and technology,Kwansei Gakuin University. All Rights reserved.